特集/コラム
次世代技術を活用した民間による途上国支援
〜デフタ・パートナーズとバングラディシュのNGO“BRAC”によるbracNetプロジェクト〜
「援助ではなく、民間による事業で途上国支援」というミッションのもと、デフタ・パートナーズはバングラディシュのNGO“BRAC”と協働でbracNet社を設立し、世界の中でも特に開発が遅れている国(後発開発途上国)であるバングラディシュで遠隔教育と遠隔医療を実現するためのプロジェクトに取り組んでいる。本プロジェクトは、バングラディシュ初となる無線ブロードバンドサービスを全国展開し、驚異的な成長・サービスの拡充を続けており、企業とNGOの共同出資による公益事業として優れた資金循環モデルを確立しており世界銀行からも注目されている。 今回は、このbracNetプロジェクトについて、またデフタ・パートナーズグループ会長でありベンチャーキャピタリストである原 丈人氏の様々な取り組みについて、株式会社デフタ・キャピタル取締役 古川 拓氏にお話を伺った。
bracNetプロジェクトは、WiMAXという最新の無線技術を活用した低コストで効率的なブロードバンド環境の上に、「PUC(パーベイシブ・ユビキタス・コミュニケーションズ)」と呼ばれるポスト・コンピュータの技術を活用して、遠隔教育と遠隔医療といったサービスを展開し、途上国の生活水準を改善することを目的としている。このような技術を用いて途上国支援を行うに至ったのには、「技術を使って世界を変える」という原氏のビジョンと、途上国の生活を少しでも改善させたいとする長年の強い思いとが大きな動機となっている。
考古学の資金作りのためビジネスノウハウを学ぶべくスタンフォード大学ビジネススクールに入学した原氏は、在学中に光ファイバーを素材にしたディスプレイ・システムの新会社設立を決意した。コスト削減のため自らがエンジニアになるべく同大学の工学部大学院に入学しなおし、一から製品開発を始める。1981年に設立したこの会社は成功を収め、その資金を元手に1984年にデフタ・パートナーズを設立、シリコンバレーにおけるベンチャーキャピタリストとしての道を歩む。以来、アメリカ・ヨーロッパ・イスラエルを中心として、インターネットとソフトウエアを中心とするIT分野のベンチャーへ投資・支援・育成活動を行っていった。それが1995年には早くも、IT産業は成熟期(=原氏はこれを末期と表現)に入っており次世代の新しい基幹産業を生み出すコア技術が必要であることを強く認識する。そしてそのコア技術になるものが前述の「PUC(パーベイシブ・ユビキタス・コミュニケーションズ)」と呼ばれる技術であると定義する。これまでのように人間が機械に合わせるのではなく、機械が人間に合わせる新しいコミュニケーション中心の技術で、どこにでも偏在し、使っていることを感じさせないような機能を持つという。1995年からはこのPUC技術分野の企業を世に送り出していくことに注力している。
デフタ・パートナーズと同時期の1985年に設立され、原氏が代表理事を務める米国公益法人「アライアンス・フォーラム」では上記認識を基に2000年、下記の3つのテーマからなる「21世紀のビジョン」を定めた:
・ポスト・コンピュータ時代の新たな産業を日本に育成すること。
・新しい時代の企業統治、ポスト資本主義(公益資本主義)についての議論と理念の構築。
・新しいテクノロジーや日本人人材を途上国に送り込むことによって発展途上国を解決することへの挑戦。
このビジョンのもと、次世代技術を活用した民間による途上国支援プロジェクトとして最初のプロジェクト「バングラディシュのbracNetプロジェクト」が2005年10月より開始されたのだ。
国連加盟国192か国中、発展途上国が約130カ国、そのうち特に開発が遅れている後発開発途上国がバングラディシュを含め50カ国ある。これらの国々では1日の所得が1ドル以下、識字率が50%以下、幼児死亡率は高くHIVやマラリアなどが蔓延しており、教育や医療のインフラ水準を改善することが急務とされている。
このような状況の中、低コストでの通信インフラを構築し、低帯域でも遠隔教育・遠隔医療のサービスを可能とするPUC技術を用いた生活改善を目指すのがbracNetプロジェクトである。
本プロジェクトの重要なパートナーであるバングラディシュのNGO“BRAC(Bangladesh Rural Advancement Committee)”は、日本円にして約350億円という事業規模を誇る世界最大規模のNGO。貧しい女性と子どもたちを対象に、貧困の緩和と貧困者の自立支援を目的としてマイクロファイナンス・酪農・手工業・種苗・苗木・冷凍倉庫・養鶏・養殖など幅広く事業展開し、初等教育・大学・職業訓練サービスや結核・保健プログラムなどの保健・教育支援プログラムも展開している。10万人を超える従業員を抱え、700万人の雇用を創出しており、会員は500万人にも上る。
このBRACの協力のもと、デフタ・パートナーズから60%、BRACから40%を出資し、合弁会社bracNet社(正式名称BRAC BDMail Network Ltd.)が設立された。
既に首都ダッカと主要都市におけるネットワーク構築が完了し、今年から農村部も含めた全国展開へ向けてのオペレーションを本格化している。そこに巨大なハイビジョンの画像データであってもリアルタイム伝送が可能な「XVD」というPUCの画像圧縮技術を活用し、バングラディシュの低帯域の通信インフラ上でも、遠隔教育や遠隔医療に必要な画像配信が可能となる。
BRACが全国の農村に持つ小学校5万校と1,000以上の図書館をインターネットで繋ぎ、教育インフラの改善を図っていく。
bracNet社は、インターネット・サービス・プロバイダーの業務に加えて、IPベースの固定電話事業のライセンスを取得し今年からサービスを開始する。2011年には携帯電話の事業とも相互乗り入れが可能となるので、上記の画像配信サービスなどとも絡めた総合的なコミュニケーション・サービス・プロバイダーとなるであろう。また、特に農村部へのサービス提供のチャネルとして、“e-hut”と呼ばれるビジネスセンターを運営している。
現在38店舗のe-hutは、フランチャイズ方式で来年までに300店舗にし、更に1,000店舗以上に増やしていく予定。各店舗がそれぞれの付加価値をつけながら、デジタルデバイドの解消と地場での起業家育成を展開していく。
これらの事業から得られた利益は、配当金として60%がデフタ・パートナーズを通じて投資家に還元され、40%がBRACを通じて教育と医療に還元される仕組みになっており、世界銀行の論文集『Development Outreach』にも掲載予定の優れた事業モデルとして注目されている。
5年後には年商数十億円の売上げを見込んでおり、バングラディシュでの成功を踏まえ中南米やアフリカでの事業展開も視野に入れているという。
原氏は「世界から貧困をなくす、本当の意味での途上国支援は、慈善事業や援助ではなく、投資して経済的に自立した事業として成立させることで実現する」と説いている(雑誌『WEDGE』2006年11月号「単純明解」より)。
原氏が指摘するとおり、今、グローバルレベルでもローカルレベルでも火急の社会的課題となっている貧困問題には、負担を負うだけの当事者をなくし持続可能性を高めるため、ビジネスとして取り組んでいく必要性が国際的に認識されている。
経済ピラミッドの底辺に位置する貧困層「BOP(Bottom of the Pyramid)」を魅力的な市場とする経営戦略の考え方を提案した書籍『ネクスト・マーケット「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』(C.K.プラハラード著/スカイライトコンサルティング翻訳、2005、英治出版)でも、企業はBOPを慈善や援助の相手としてはなく、ビジネスの対象として重視すべきと主張している。UNDP(国連開発計画)による「GSB(持続可能なビジネス育成)プログラム」でもMDGs(貧困問題解決のための国際開発目標)達成に向け、企業主導による貧困対策を促進している。
一方で、「なぜ企業が貧困に取り組まねばならないのか」「それは公益ということで行政や第3セクターが担えば良いのではないか」「BOP層へのビジネスとしての投資が貧困の解決策になる証拠が乏しい」という見解が残ることも事実である。これに対しても原氏は「会社とは誰のものか」という問いに対する見解として、会社が株主のものであるという考え方に異を唱え「会社とは事業を通じて社会に貢献するものである」「その結果として株主にも利益をもたらす」と答えている(同誌より)。また、貧困層ひとりひとりを「消費者」としてだけではなく「起業家」として捉える必要性を指摘している。
デフタ・パートナーズとBRACによるプロジェクトは、「貧困をなくすためには経済的に自立するビジネス展開をすること、そのビジネスは(株主を含む)ステイクホルダーに経済的にも社会的もいいインパクトをもたらす」というソーシャル・ビジネスの命題を裏付けていくものになっており、企業・団体組織にとって本業/得意分野を活かした取り組みという意味においても、企業とNGOとの協働という意味においても、大変学ぶところの多い事例である。今後の展開からも目が離せない。
取材/執筆:(株)ソシオ エンジン・アソシエイツ 齊藤 紀子