人と地球に誠実な仕事

【農業】2009-07-28

アミタ株式会社

2009年7月25日、森に牛を自然放牧する“森林酪農”が関東で本格始動する。 仕掛けたのは、東京都千代田区に本社を構えるアミタ株式会社(以下アミタ)だ。同社は、2007年に京都府京丹後市に日本初となる、森林酪農を行う牧場「森林ノ牧場 丹後」を開設。森林の中で生活する健康的な牛から搾った「森林ノ牛乳」、さらに「森林ノアイス」の製造を開始し、関西地方の消費者を中心に事業展開を図ってきた。そして2009年7月25日、「森林ノ牧場 那須」を関東にオープンさせる。「森林ノ牧場 那須」がどんな想いと戦略で生まれたのか。同社代表熊野英介氏にお話を伺った。


「森林ノ牧場 那須」についてアミタは、2008年末から、栃木県那須町の森林に、放牧を展開している。
木材価格の低迷や林業従事者の高齢化などが原因で放置されている森林を用いて、自然放牧を実践している。牛が下草を食べ、蹄で土をならすことで、それまで利用されていなかったために鬱蒼としていた森林は、人が入りやすい森に整えられ間伐を経て明るい森へ変化してきた。
日本は、国土面積の約67%を森林が占める森の国である。しかし、木材価格の低迷や、林業従事者の高齢化などによって林業は衰退し、かつては人間によって管理されていた人工林が放置されるケースが増えている。木材価格の低迷や林業従事者の高齢化などによって林業の衰退は進み、手入れがされず、放置されるケースが増えてきている。「森林酪農」はこのような利用されていない森林に牛を自然放牧する、林業と酪農を組み合わせた新しい事業モデルである。
 
自然資本を活用した循環型の地域モデル森林に牛を放つことで牛が下草を食べ、倒木などを蹄でならして地面を整える。人は森林を管理しやすくなるばかりでなく、乳製品の販売や、雑穀・きのこなどの農産物で新たな収益を得ることができる。こうすることで、森林と人との距離が縮まり、“森林というリソース”を人が活用するようになり、それが森林の価値を高めるという好循環を生み出すことになっていくのだ。さらに、「森林酪農」を行う地域では、環境保全型の農業や環境教育の場を創出することもできる。同社では、「森林酪農」という新たな酪農事業を展開することで、地域の森林の価値をよみがえらせることで、“自然資本を活用した循環型地域モデル”を構築することになると考えている。

「森林酪農は簡単に言うと、50年前の農村風景を復活させようとしたものなんですよ」と熊野氏は語る。それでも事業を始める前は多くの社員が反対をした。例えば、365日24時間の完全放牧を行っても、一頭の牛からは1回10リッター程度しか搾乳ができない。常識で考えれば、これでは販売もままならない。少量しか取れないため、「森林ノ牛乳」は市場の7倍の価格で販売されることになる。こんなに高い牛乳を誰が買うのだろうか。誰もがそう思ったことだろう。しかしながら、実際には販売が行われているジェイアール京都伊勢丹では、連日完売が続き、早い時間に行かないと購入できない状況になっている。この秘密について熊野氏に尋ねてみた。

未来のニーズをカタチにする会社
「社会ニーズを形にすれば、必ず売上はついてくるんです。社会ニーズを形にすることにのみ企業の存在理由がある。」と熊野氏は語る。社会が抱える本質的な「ニーズ」とは何か。それは、“孤独ではないという安心感を得ること”なのではないかと、熊野氏は考察する。そして、それを得るためには、いうまでもなく、人と人、ひいては自然や未来との関係性を築いていくことが必要である。このことから、“社会ニーズを形にする”とは、“関係性の商品”を提供していくということであるといえる。

熊野氏は“関係性の商品”についてこう説明する。
1. 自然や人の役に立ちたいという利他的欲求を満足させる。
2. 健康対策や化学物質対策で安心を保証し生存本能を満足させる。
3. イニシャルコストが高くても省エネや利便性でランニングコストを低くして経済性欲求を満足させる。
4. 生活スタイルや価値観を選択するといった、利己的欲望を満足させる。

「森林ノ牛乳」はまさにこの4つの観点を満たす商品となっている。
第1に「自然や人の役に立ちたい」という利他的欲求を満足させる。消費行動のものが森への貢献につながっていることを感じてもらうことができる商品だからである。
第2に生存本能の欲求を満たしている。ジャージー種を中心とする乳牛は、森林の中で一日中自由に歩き回り、天然に自生する草を自由に食べながら生活している。輸入飼料・ポストハーベスト飼料はもちろんのこと、乳脂肪分を意図的に高めるための配合飼料は与えていない。その牛から搾乳した牛乳も、もちろん安全な商品となっている。
第3に経済的な欲求を満たしている。一般的な牛乳の7倍の値段のため、牛乳市場のようにある程度“成熟”した市場では販売が困難である。そこで「1週間に1度だけ飲んでもらえればいい」という発想で、“豊かな時間を創る”商品としてデザートやスイーツの市場にターゲットを定めることで、価格に経済性を感じてもらえるように工夫した。
第4に利己的な欲求を満たしている。もともと搾乳できる量に限界があるため、大量生産はできない。手に入れることが難しい特別な牛乳というポジションを持つ。

工業化社会の最大の関心事の一つは、「機会損失をいかに無くすか」という点であった。大量に製造し、大量に消費者に販売する。いかに消費者の欲望を消すことなく、商品を行き渡らせるかが大切だった。しかしながら、この考え方のもと、製造、消費を続けていくことは持続可能とは言えない。一方、本当に良いものを少量でもきちんと消費者に届ける。森とヒトの関係、牛とヒトの関係、そして消費者と製造者のつながりを目に見える形で商品化していく。いわばアミタは「関係性」を商品化し、それによって持続可能社会の実現に貢献しているのだ。

記憶をデザインする「森林ノ牛乳」にはもう一つ大切なビジネス戦略がある。それは商品に飽きられず、購入し続けてもらうための戦略である。それを熊野氏は“記憶のデザイン”と呼ぶ。「森林ノ牛乳」は、2009年7月現在では、伊勢丹新宿店とジェイアール京都伊勢丹、および牧場でしか販売されていない。たとえば百貨店で購入した家族が牛乳を飲む。製造過程の完全放牧のエピソードに触れ、牧場にいってみようと思う。牧場にいき、間伐と牛によってならされた明るい森が視界に広がる。鳥のさえずりを聴き、森の香りを大きく吸い込み、牛に手で触れる。そして再度牧場で牛乳やアイスを味わう。
こうして五感によって創られた記憶が消費者の心に残ることとなる。これが購入の継続につながる大きな原動力となるのである。2009年7月にオープンした「森林ノ牧場 那須」においても、牛たちが生活する放牧エリアのほか、牛乳を製造する“森林ノ工房”、搾乳を行う“牛舎”、そして牛乳・アイス・ソフトクリームの販売を行い、顧客にくつろぎの場を提供する“カフェ”、さらに稲ワラを圧縮したブロックを建築素材とした“蔵”などの設置を予定している。森林浴を楽しみながら子牛たちと触れ合えるエリアや、森林の中でキャンプができるエリアなども設ける予定だ。また、森林空間を環境教育の場として活用してもらうことで、地元住民だけでなく、広く遠方からの来訪者に対しても、牧場の魅力を訴求していこうと考えている。

インタビューを終えての感想持続可能な社会を実現するための事業展開を図るアミタは、しばしば「社会的企業」と呼ばれることも多い。しかし、熊野氏自身は「社会的企業は存在しない」と語る。 

“社会的企業が在る”のではなく、“事業を社会的なものにしたい「人」がいるだけ”だという。つまり、八百屋も魚屋もすべての人々が、それぞれの立場で“社会的事業”を営むことが大切なのだ。「持続性を突き詰めて考えれば、自ずと社会性を帯びる」という熊野氏の言葉のように、持続的な社会を創る事業が一つでも増えることを心から願う。

取材/執筆:(株)ソシオ エンジン・アソシエイツ 桑原 憂貴

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